1. HOME
  2. ブログ
  3. サンプル
  4. 掌・手の心・たなごころ ~秋のお彼岸~

掌・手の心・たなごころ ~秋のお彼岸~

私たちは日常の中で、何気なく手を合わせます。お仏壇の前や、食事の前の「いただきます」。この「合掌」という何気ない作法には、実は仏教の深い教えが込められています。
私たちは、何かを欲しいと思うとき、あるいは自分のものにしようとするとき、ギュッと拳を握りしめます。仏教において、「手を握る」という行為は、何かを我が物にしようとする「執着」や「煩悩」の象徴です。何かを掴んで離すまいとする人間の欲望が、握りしめた拳に表れているのです。

しかし、手を握りしめている間は、新しいものを尊ぶことも、他者を受け入れることもできません。
だからこそ、私たちはその拳を開きます。握りしめていた執着や煩悩をすべて手放し、無防備な手のひらをあらわにして合わせる。それが「合掌」です。「私にはあなたを害する悪意は何もありません。ただただ、あなたを敬います」という、清らかな姿をあらわしています。

古語で「たなごころ」とは「手の心」。「合掌」を訓読みすると「たなごころを合わせる」と読みます。すなわち、合掌とは形だけでなく、お互いの「手の心」を合わせる行為なのです。

日蓮宗において、この合掌は最も重んじられる基本の作法です。日蓮聖人は「合掌とは法華経の異名なり」と説かれました。手を合わせること自体が、法華経の信仰そのものであるという意味です。

仏教において「合掌」とは、右手(清浄な仏さまの心)と左手(不浄な自己の煩悩)を合わせることで、仏さまと自分が一つになり、人間の持つ迷いや執着(煩悩)を洗い清める意味を持ちます。

日蓮宗の合掌は「 堅 実 心 合 掌(けんじつしんがっしょう) 」と呼ばれます。

左右の手のひらと十本の指を、少しの隙間もなくぴったりと密着させます。中指の先をあごの高さにすえ、親指の付け根を胸板に軽く触れさせます。手のひらの間に一切の隙間を作らないのは、「嘘偽りのない堅実な信心」を表し、その間にわずかな煩悩や邪念さえも挟み込まないためです。

お彼岸は、先祖を偲び、仏道修行のための七日間です。仏さまやご先祖さまだけでなく、目の前の人、自然、すべての生命を敬う生き方です。日々の忙しさの中で心がトゲトゲしたときは、一度握りしめた拳をほどき、隙間なく綺麗に「たなごころ」を合わせてみましょう。

お題目を唱え、心を整えるその瞬間に、私たちは本来の優しい心を取り戻すことができるのです。

  • コメント ( 0 )

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。